空誓上人どうする家康くうせいは市川右團次さん三大危機三河一向一揆とは

虹色の歴史と大河ジャーナル編集長の虹子です

2023年大河ドラマ「どうする家康」のキャストシリーズ
今回は空誓上人とそれを演じておられる市川右團次さんについて掘り下げたいと思います
徳川家康三大危機の1つ三河一向一揆の重要人物です!!

ちなみに家康の三大危機については
三方ヶ原の戦いについてはこちら

伊賀越えについてはこちら

徳川家康三大危機三河一向一揆とは?

三河一向一揆は西三河全域で半年ほど、繰り広げられた一向宗との戦い。
原因は家康が三河平定をしていく中で、年貢や兵役が民には負担で増えていました
さらに不入特権を持っていたお寺から年貢を徴収し、一気に一揆が勃発!!

家康の家臣には一向宗門徒も多く、家臣団もそれこそ親子兄弟敵味方に分かれて戦いました
家康も銃で撃たれるなど重傷を負い、家臣団もバラバラになれば、三河を手中に収めようと国自体が狙われることに。

かなりピンチだったと思われます!!

どうする家康登場人物:空誓上人とは?由緒正しい人物だった?


大河ドラマ「どうする家康」の三河一向一揆の中心人物として描かれた空誓上人。
ややうさん臭くて、怪しくて、酸いも甘いも知っているようなお坊さんですが、なんと実在する人物!

実は浄土真宗本願寺派中興の祖である蓮如のひ孫さん。
愛知県安城市にある本證寺の住職9世玄海永禄4年(1561年)加賀一向一揆に加わるために遠征して戦死したため、わずか17歳!!で本證寺住持を継ぐことになったらしい。
家康といい、みんな若いのに重責ですね。

永禄6年(1563年)三河一向一揆が蜂起し、蓮如のひ孫という由緒正しき僧なので一輝の中心人物に祭り上げられたという説もあるぐらい人気者だったのでしょう。
ドラマのように甲冑を付けて戦っていたらしく、怪力だったと伝えられています。
大河ドラマ登場時は用を足すお話からの見事な説法でしたが、この時でもまだ19歳です。
虹子編集長には全く19歳に見えませんでしたが・・・・。

ちなみに三河一向一揆勃発時家康は20歳、石川和正30歳だそうです(多少前後あり)。
・・・・・・ま、ドラマですから!!

どうする家康登場人物:三河一向一揆後の空誓上人は?や家康との仲は?やっぱり怪しい?

三河一向一揆で対立した二人ですが、その後はどうなったか??

空誓は妻子を伴って愛知県豊田市足助【あすすけ】・香嵐渓(こうらんけい)から約8㎞ほど離れた菅田和(すげだわ)に逃げたらしい。

一説では菅田和にある大きな洞穴に約20年間隠れ住んだとも言われています。
妻子がいらっしゃったんですね。

空誓上人が再び戻ってこれたのは、三河一向一揆から終結後約20年経ってから。
織田信長が本能寺の変でこの世を去った後の天正11年(1585年)に家康が
本願寺教団を赦免して諸寺復興の許可を出し本證寺の再興が行われました。
途中、家康から道場建立の許可を得たと書状を改ざんするなどのトラブルもあったそうです。
やっぱり怪しい僧侶?とも思いますが、時代的には少々強引なことをしない復興もままならなかったのかもしれません。

本證寺再興後は家康との仲も修復され、なんと晩年には江戸城に招かれて家康の息子の補佐を家康から依頼されたりと信頼もされていたようです。
享年70歳ということで大河ドラマでも再登場されるかもしれませんね。

 

どうする家康の俳優:市川右團次さんって?空誓上人は歌舞伎役者だった

一揆勃発前の穏やかな時には面白いけど食わせモノの空誓上人
そして一揆から和睦に至る中では民の救済と戦の間で悩む
苦悩を空誓上人味わい深く演じられたのは市川右團次さん。
空誓上人のあの坊主頭は3Dプリンターも使ったとか。

日本舞踊飛鳥流家元の長男として生まれた市川右團次さん。
スーパー歌舞伎で有名な三代目市川猿之助(現・猿翁)の部屋子となり、初代市川右近を名のって数々の舞台を踏まれました。

その後三代目市川右團次を襲名。
スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』のヤマトタケルなどでは往年の猿翁を彷彿とさせるような演技でした。
話題になった現在の4代目市川猿之助率いるスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』
その中では白ひげ海賊団の首領・白ひげ(エドワード・ニューゲート)役を演じ、重厚な演技で漫画から飛び出してきた!!と思う再現ぶりでした。

そんな市川右團次さんは意外にも今回の「どうする家康」が大河初出演だったようです。

息子の二代目市川右近君といつか大河ドラマで親子共演があるといいなと虹子編集長は密かに思っております。

 

大河ドラマの俳優:濃いキャラがお得意なのはお家芸?澤瀉屋の特徴?中の人が濃いから?

「どうする家康」の空誓上人はちょっと怪しさもある濃いキャラでした。
そういえば昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも濃いキャラのお坊さんがいましたよね。

そうです。文覚です。
どこの誰かわからぬ髑髏を源頼朝の父義朝の髑髏だと言って、自分を売り込んだ文覚。
売り込みが断られると髑髏を投げつけて出ていく文覚。しかも「髑髏はたくさんあるから!!」ってネタばらしまでしちゃう。
最終回には後鳥羽上皇の頭をかじっちゃう文覚
こんな濃いキャラを演じたのは4代目市川猿之助さん。

市川右團次さんは今は高嶋屋ですが、右近時代は澤瀉屋です。
4代目市川猿之助さんも澤瀉屋>

そして澤瀉屋で忘れてはならないキャラの濃い演技と言えば市川中車さん
3代目市川猿之助さんの息子、香川照之さんです。
大河ドラマ「龍馬伝」では三菱財閥創業者岩崎弥太郎役とナレーションを務め、その濃い演技で三菱からクレームが来たとも言われています。
中の人も香川さん本人も濃いキャラですもんね

個性豊かでアクの強い演技ができるのが澤瀉屋の特徴なのでしょうか??
将来「大河ドラマの個性派キャラといえば澤瀉屋!!」となるかも??

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